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2015/05/26

トルコ37 イスタンブールの夜 そして、さらば



途中渋滞していたのに、意外と早く 
20:40 タクシム広場に着いた。
タクシム広場の地下二階くらいの深いところに 大きなバスターミナルがあった。

と言っても、すでに21時近い。
もちろん、もう空は 真っ暗だ。

またもホテル探し。
先日と同じような路地を行き来し、
ようやっと、
    ホテルが見つかった。
1階が ミュージックバーだった。
ホテルは 画像で見るのと、ぜんぜんイメージが違う建物だ。
第一、1階 2階の入り口部分は、写真に写っていないので とてもわからない。
何だよ! かっこよく映ってるけど、この建物のホンの一部分。
ブティッククラス って!

何回、このホテル前のとおりを行き来したであろうか?


レターホテル ブティッククラス    
Letter Hotel Boutique Class 
Istiklal Caddesi Imam Adnan Sokak No:20 Taksim /Beyoglu 
   0120 985 485

タクシム広場から 400m ? 最短距離?

ホテルは、この写真の 階段半分に、赤い絨毯敷いたところ。
半分は、一階のミュージックバー用の階段。

食事がてら、軽く飲もうと、ホテルの外へ。
  
刺青屋さんのお店は閉まっていた。
彼は、ホテルの場所探しに とても協力してくれた。
残念!
もう一度お話したかったのに。

ホテルの1階にある ミュージックバーに入ろうとしたら、ボーイに止められた。
なぜ?と聞いていたら、
もう少し偉い人が出て来て、
    入れてくれた。
テーブルに案内される。
テーブルには、白いテーブルカバーなので、ちょっと高めのお店らしい。
それで 格好を見て 断られたのか!
メニューを見た。
払えない金額ではなかったが、
イスタンブール最後の夜を過ごすには、ここじゃないような気がした。
ちょっと恥ずかしいが、
ごめんなさい して、お店を出た。

通りへ出た。

すると、
とってもテンションの高い おじさんが声をかけてきた。
このおじさん!

ビールが安いよ! とか 楽しいよ とか何とか。
どのお店? と聞くと 
裏通りでなく、目の前の こんなお店。
普通のお店ジャン!
ちょっと面白そうなので、話に乗った。
 仲間を紹介してくれる。
フィンランド人だったり、トルコ人だったり、さまざま。
呼び込みに見えた このおじさんは、
このお店の店員ではなく、お客さんだった。
   それも常連ではなく 二回目のお客さんだった。
ご夫婦でトルコにこられたゆかいなおじさん!フィンランド人!



この人はトルコ人、近所のお住まいだった。

 気のいい人が、いっぱいいた。
お店が そろそろ閉店時間、
 もう一軒行くぞ! と
 怪気炎のおじさんだったが、
みんな三々五々、自然流会となった。

会計も、あのおじさんの頼みどおり、
少し安くなっていた。

二三日後、ここで出会って 
アドレスを交換したトルコ人にメールを送ったら、
あんた誰 というメールが帰ってきた。
彼も、見た目より酔っ払っていたようだ。

もう一軒行くには、ちょっと危ない時間になっていた。
でも、名残惜しく、町を散歩。

 午前様だというのに、人通りは多少減ってはいたが、
こんなに人が歩いている。
 トルコ人は、人懐っこい。
写真撮ってくれ!
と ポーズをとる彼。

 屋台で、ムール貝買って食べたり、
焼き栗買って、ちょっとおしゃべり。

残念ながら、ボクの冒険も これまで。

ホテルへ戻ると、フロントのお嬢さんが待っていてくれた。
チェックインしてから、いろいろアドバイスもらったり、
素敵なお嬢さんだった。
日本のアニメの話も ちょこっと。

 翌朝のチェックアウトが、5時前だと告げて、
   早めの さよならを言って おやすみなさい。
翌朝   出発  早朝 4:30目安 
さすがに、朝4時半の タクシム広場は 淋しかった。
こんな時間に声をかけられたら ちょっと怖い。早足で、人と近寄らず。
エアポートバスへの近道は 確認済みだ。


エアポートシャトル Havas  
タクシム広場 4:00から30分毎。片道10TL  所要時間 約40分。 

 イスタンブールアタテュルク空港
 07:30 発  トルコ航空  20A   TK1975    4時間35分 ダブリン行き。

2015/05/25

トルコ36 ブルサから フェリー埠頭。そして イスタンブールへ

ハマム前に タクシーが待っていてくれた。
タクシーの運転手さんは、
気のいいおじさんだった。
しかし、フェリーのことまでは 詳しくない。

ここブルサから イスタンブールへは 2社のフェリー会社があって、
フェリー港は3つあるような。
町から、フェリー埠頭までは たしか29km離れてると書かれていたような。

彼は、最初 ムダンヤ港を目指した。
「あのバスも、フェリー連絡バスだから 一緒に付いていけば大丈夫だ」
と、大見得切っていた。

ところが、途中でバスが道をそれると あわてた。
フェリー乗り場行きでは なかった。

ムダンヤ港は BUDOフェリーの乗り場だ。
ムダンヤ到着。
しかし、フェリー乗り場の入り口で、
係員に、フェリーは当分ないとか言われたらしい。

彼は、しきりに申し訳ながって、
「もう一つのフェリー乗り場へ行くバスターミナルへ送るから、
料金は ここまででいい」
と、メーターを止めた。
ボクとしては、今日中にイスタンブールへ着かないと、
明日の飛行機に乗れないから ちょっとあせる。
フェリーの時刻 一応は調べてあるけど、季節で変わったりするから参考程度だ。

そして、
  とあるバスターミナルへ。
そこに集まっていたバスの運転手さんたちに聞いてくれる。

どうやら、そこも違ったようで、 
ユーターンして、別のバスターミナルを目指す。
細長い広場に、黄色いバス数台しか停まっていないところへ。

ブルサデニスオトブスレイまで 送ってもらった。
 タクシー 22リラ。
黄色いミニバスが、ブルサ ギュゼルヤル港行き だそうだ。
ボクは 「差額も払う」 と言ったが、固辞されて、
結局 追加なしで  idoフェリーの港へ行くバスターミナル、
 
黄色いバス BURLAS  15:55発 
ブルサ ギュゼルヤル港行き  2.5 リラ。



ギュゼルヤル港 

 イスタンブール行きの idoフェリーが
早い時間に あるといいんだけど。
残念ながら、前の便は定刻出航して、約二時間の待ち時間だって。





ムダンヤ ギュゼルヤル港  18:00 発 

イスタンブール カバタッシュ行き。








イスタンブールのカバタッシュ Kabataş フェリーターミナル
 19:35 到着予定。 実際は、少し遅れて到着。

また大型フェリーなので、降りるのにも、20分くらいかかり、
バスターミナルに着いたのは、20:00。

カバタッシュ港なのに、イエニカブ駅 。
イエニカプから 69番 バス。
すでに先発が出発して、運転手もいない。
18:15 ドアが開いた時に、イスタンブールカードが 行方不明になった。
たった今 準備のために出したのに!
すると 運転手さん 2リラ受け取ってから 
次のカード持っているお客さんに その2リラを渡した。合理的だ!
カードで支払うと1.95以下、現金の場合は ホントは3リラ初乗りでした。
ありがとう!

 

 

 


2015/05/22

トルコ35 ブルサ ハマム体験

 エスキシェヒル駅 発  8:30  →10:45 ブルサ テルミナル行き。  
カミルコチバスは、   21 TL (新幹線連絡バスみたいなもの)
 カミルコチバス  
出発時刻すぎての発券。
バスには、テレビが付いているが、言語選択がうまくいかない。
言葉は、ブルガリア語、ドイツ語、英語、アラビア語、ルーマニア語、
ロシア語、トルコ語の順。


ブルサ  テルミナル到着。
日本のバスターミナルみたいなガラス張りの素敵なところ。

ちょっと疲れが出て、のんびりベンチで、これからの作戦を練り直し。
ここまで来れば、イスタンブールは近い。

ネットで下調べしてはいたが、土地勘のなさは否めない。



やはり トルコと言ったら、ハマム体験だ。

ブルサの町のトラムも乗ってみたかったが、
ハマムに行くには 乗り換えが二回もある。ちょっと敷居が高い。

きっと 直行のバスがあるだろうと、狙いを決めて、
インフォメーションへ行った。
 ハマムのあるチェキルゲ行き直行バスを 聞いた。

やはり あった。
しかし、大型バスでなく 市内の循環バスのようだった。

テルミナル発 チェキルゲ行き 
12:36発    所要 40〜50分  13:20頃到着  2.5リラ。

チェキルゲ cekirge 温泉街 
中心街から 西へ約5km離れ。

テルミナルからの連絡バス96は、
40分くらい走ったであろうか? 
坂を登って、下って、とてもいい景色。

30分くらい乗ったところで、 「チェキルゲ?」と聞いたら、
まだまだ らしい。
また坂を上った丘の上で、
親切なトルコ人おじいちゃんに教えられて、
バスを降りる。
全然温泉街に見えない。

どこかな?
またも、バス停近くのおじいちゃんに 教えられて入ったのは、

ケルバンサライ テルマル ハマム  
kelvansaray thermal 
住所は、chekirge meydani 16080 bursa 

ハマムは、男女別の入り口から入る。

お風呂のみ 30  垢すり20 合計 50リラ。  
他にマッサージ 20リラ。

2畳ほどのベッド付きの小部屋が与えられ、
そこで裸になる。
金庫がない部屋だったので、聞くと代えてくれた。
浴衣は ない!
洗い場用タオルを巻き、スリッパ。

ぬる目の広い浴槽と洗い場。
少しすると、体を洗ってくれるおじさん 登場。
台の上に寝そべって洗ってもらい、
サウナへ。

出てくると、仕上げにマッサージ。

がらがらで人がいなかった浴槽に アジアっぽい人が入ってきた。
彼は、泳いだり。
話しかけたが、英語はうまく通じないが、トルコ人だそうだった。
アジア顔なのに。


テラスのようなところの大き目のいすに座って新聞読んだり、
バーはあるのだが、人はいない。
 
風呂と休憩室では間が持たない。
そろそろ出ますか

フロントへ行って、
イスタンブールへのフェリー乗り場行きのバスを聞くが、誰も知らない。
結局 タクシーを呼んでもらうことになった。


2015/05/21

トルコ34 アンカラから 高速列車乗車

夜行列車は、一時間近く遅れて カイセリの駅を出発したのに、
アンカラの駅には、定刻より早く着いた。
朝6時だ!
遅延を見込んで、9:10発の座席指定を取っていた。


 
アンカラの駅の天井には、誇らしげに、YHTの絵が描かれている。

YHT高速鉄道   アンカラ発   エスキシェヒール着  
06:45  →  08:15 
08:10  →  09:40  
09:10  →  10:40  



チケットは、遅れを見越して、
3時間後だったのが、
親切なご夫婦に教えられて、
カウンターに相談し、
先々発の チケットと交換してもらう。

両替所が 見当たらないので、
英語のできるATMで 200リラ。

首都アンカラ 少しは散歩したかったが、
少々残念ではあるが、
次回へ持越し。


駅の外観写真撮っていたら、
money と声掛けてきたおじさん、
Noで 簡単に引き下げる。





乗客の多くはビジネスマンで、ラップトップのパソコンをすぐに開いていた。

Wi-Fiが使わせてもらえないのが残念。

 
アンカラ 06:45  YHT91002 1号車 8A  イスキシェヒル 8:15 着 

あわてて駅でサンドウィッチ買って食べたのは 失敗だった。
YHTのビジネスには、
飲み物とサンドウィッチ と チョコレートが 付いてきた。
飲み物は、紙コップに お湯を注ぎに来てくれて、
あとは自分でスティックタイプのコ-ヒーを入れる仕組み。
車窓 ずっとこんな感じ。


イスキシェヒル駅は、まだ工事を続けていた。

※ YHT高速鉄道は、 アンカラ と コンヤから エスキシェヒルまで
 Yの字型に走っていた。  
※ ボクが 行った 翌月に、イスタンブール郊外のベンディックまで開通した。
しかし イスタンブール中心部までは、ペンディックから、
長ければ2時間近くかかるそうです。
トルコの高速列車YHTは、車両は スペイン製、
路線工事は、途中から中国だったそうです。
※ 現行の最高時速250km/hでは不満があるようで、
300km出せるドイツ シーメンスに新たな編成を発注しているそうです。

2015/05/20

トルコ33 カイセリ駅から 夜行列車


カイセリ駅の電光表示板。
列車の本数は、さほど多くない。


表示板には、あり得ないほど前の時刻の列車が まだ着いていないようだ。


ボクの列車は、大丈夫だろうか。

4 EYLÜL MAVİ TRENİ
ドルト エイニュル マーヴィ トレニ 号    寝台列車  
kayseri K    23:18 →  06:10  ankara V 
(参考)乗らなかったけど、もう一本の列車
 チュクロヴァ マーヴィ トレニ号   0:30  →  07:35  
(参考)
Kompartımanlı  (個室座席車)
Pulman  ( 開放型座席車)
Örtülü Kuşetli(クシェトリ=クシェット 簡易寝台)
Yataklı (ヤタクル 寝台)

いやいや、出発時刻に、
反対方向行きの時刻に遅れた急行が
1番ホームを占めていた。

駅員に何度も聞く。
なにしろ、何もわからないのだ。

数分遅れて入ってきたのは、
機関車と付属車の二両。
客車を連結するのかと 思いきや、音沙汰なし。

結局、
出発時刻から 30分以上遅れて入ってきた。
ボクの乗ったのは、 開放型座席車だ。

それなのに、また数分も ゆったり 停車。
23:56 静かに、しかもゆっくりと走り出した。
38分遅れ。
終着のアンカラ駅までに、遅れを取り戻すことができるか? 

トルコの人々は、許しているのか? 

走りだしたその30分も立たないうちに、 
検札が来た。
その後も、声に出しながら 何度も巡回。


スピードは、ほぼ時速 20〜30km。
こんなんでいいの? 

2015/05/19

トルコ32 カッパドキアから カイセリ鉄道駅へ

ギョレメのオトガルで降りたのは、ほんの数人。
こうして、別れを惜しむ間もなく、
突然に、グリーンツアーは、終了した。
ガイドさんに、日本語のトルコガイドブックをプレゼントした。
今後来る 英語の苦手な日本人参加者に少しは役に立てて欲しかった。
ボクは、あのスユハの案内所に戻った。

あの親父さんは、いなかった。
若者が、代わりに出入りしていたので、
バッテリーの受電をさせてもらいながらバスを待つことに。
「予定より早いバスを手配する 」 と言っていたが、
バスは なかなか来ない。
何回か、バスを催促したが、「まだまだ」と。
結局来たのは、バンだった。
スユハの看板はあるのに、スユハバスじゃなかった。
バンは、いくつかのホテルを回って、カイセリの町へ。
同乗の白人達のために、先に カイセリ空港へ。
ボクの約束は、カイセリの鉄道駅だった。
ところが、
無口な運ちゃんが連れてきたのは、
カイセリのオトガルだった。
「レイルウェイステーション」
 と言うとしぶしぶ、Uターンして、変なところに、バンを停めた。
駅は近いのだろうか?
彼は、「オトガルまで と聞いている」
 と 言いがかりを付けてきた。
なんとなく、そんな感じがしたが、
約束を盾に 言い返しながら、バンを降りた。
運ちゃんも降りて まだ納得いっていなかったが、
車を停めたところが悪くて、警笛を鳴らされ、
止む無く彼は去っていった。
そこは、駅ではなかったが 近くだった。
夜行列車の時間は、だいぶ余裕があったので、
遠回りして、歩いた。
もちろん通行人に 駅の方向を確認してからだが。
何しろ、駅方向は 真っ暗。
トルコは、バス中心の文化だ。
駅から 数ブロックで 公園とか トラム とか 
少し賑わう地域があるはずなのだが、
ボクの歩いたところは、自動車修理工場などが閉まった裏町の雰囲気。
人にも ほとんど出会わない暗いところ。
止むを得ず、あきらめて 駅へ向かった。

駅前の暗がりには、SLが展示されていたが、暗くてよく見えない。
駅は、さほど大きくない。
待合室の端っこに、受電用のコンセントが並んでいた。
トルコも ちゃんと携帯電話の時代だ。
ボクも バッテリー受電。 

交代に一人ずつ入る部屋があった。
なんだろう と覗いてみたら、礼拝室だった。
さすがイスラムの国だ。
 

2015/05/18

トルコ31 カッパドキア 7  ピジョン バレー

次は、ピジョンバレー、ツバメの谷!


ここも、紀元前の相当昔、古代人が住んでいたところが、
今ではツバメの巣とか。
ロマンを感じます。
洞窟の入口が、立派な遺跡のように修飾されているのが見える。
ここで終わりかと思ったら、
オニキス デモンストレーションとか。
実はトルコ石の加工見学 と称して、お土産屋さん。
ここは、パスしたかった。
ボクは クイズに正解して、
たった今 目の前で加工したトルコ石を もらった。
なんかの美術品を模したもので、ちょっと見 かっこいい。 
でも、ボクには不要なので、
あとで、中国人の彼女にプレゼントしてしまった。
最後の最後に、ウチヒサルの町を遠景に立ち寄った。



「時間がある人は、ここから別れて歩いて戻ってもいいです」
 とアナウンスされたが、
時間が足りないボクには、できぬ相談だった。
世界一周の彼は、もう1泊して、
明日あの町を訪問することを決めたようだ。
自由人は うらやましい。もう何ヶ月旅しているのであろうか?